よじょうブログ

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源氏物語の和歌を理解したい

最近は毎日Audibleで源氏物語を聴き、マガポケアプリであさきゆめみしを読み(コミックスも持っているけどコメント付きの漫画アプリで読むのが楽しい)、源氏物語にどハマり中である。

しかしながら、源氏物語をまだまだ味わい尽くすことができていないと感じる。そのわけは「和歌」にある。

源氏物語には和歌がなんと795首も詠まれているらしい。古今和歌集でも1100首と言うのだから、和歌集ではなくて小説である源氏物語古今和歌集の72%くらいの分量の和歌が収録されているなんて驚きだ。

そんなわけでせっかく源氏物語を読んでいるのだから、和歌を味わってこそだと思うのだけど、なんと言うことでしょう。与謝野晶子訳には和歌の訳がないのです!!そんな〜!なのでAudibleで聴いている時は前後の文脈からなんとなく和歌の意味を推測しているというか、サラッと流している状態なのだ。これ絶対源氏物語の真価を知れてないよね。

和歌の訳を理解したかったところに、こちらの書籍を書店で発見して大喜びで購入!

 

 

源氏物語の全和歌の訳が見やすく並んでいてとってもありがたい本なのだ!

これで源氏物語をさらに楽しめるぞー!と喜んだものの、一緒に買ったこちらの書籍を買って驚愕。

 

 

掛け言葉に本歌取り、言葉通りの意味だけじゃなくてそこに込められたいろんな意味があって、1つ1つ技巧が凝らされていて、ただ訳を読むだけじゃあ全然良さを理解できていなかった!!和歌ってこんなに奥深いのか…!!

和歌にはいろんなテクニックがあることくらい高校の古文とかで学んで知っているはずなのに、こんな長大な小説の中に散りばめられた無数の和歌の1つ1つにもそれがふんだんに詰め込まれているなんて思いもよらなかったのだ。源氏物語すごくね?よくこんなすごい作品書いたよね。知れば知るほど好きになっちゃうな。

 

そしてもう一つ、源氏和歌本を読み比べてみて気がついた驚きポイントのもう1つが、なんと和歌の訳や解釈が書籍によってかなり違うのだ…!

 

例えば、夕顔の帖に出てくる、光源氏が夕顔(女性)に興味を持つきっかけになった、夕顔(女性)が童に持たせた夕顔(花)を乗せた扇に書いた和歌(これは流石に和歌ありきすぎるシチュエーションなのでなんとなく知ってる)

心あてに それかとぞみる しら露の ひかりそへたる ゆふがおの花

は、前者の書籍では「あて推量であなたは光源氏とお見受けします」というような解釈になっているが、後者の書籍では「頭の中将(子どもも成していたけど正妻に脅されて別れざるを得なかった元カレ)とお見受けします」という解釈になっているのだ。

和歌をメインとしない他の源氏物語の解説書籍も読んだことがあるけど、そこでは前者の解釈になっていた。確かあさきゆめみしも前者だった。この2つの違いってかなり大きいですよね。夕顔の人柄の解釈すらも全然変わってしまう。前者だと光源氏に自ら誘いをかけてきたちょっと挑戦的な女性っぽいし、後者だと、光源氏のことを元カレだと思って思わず声をかけた、みたいなロマンチックな感じがする。和歌って解釈がここまで分かれるものなんですね…。

つまるところ、ずっと研究している人の間でもここまで解釈が分かれるほど、和歌は奥深いってことなんですよね。ちゃんと原文を理解して、自分の解釈を持ってみたい…。読めば読むほどもっと知りたい、もっと学びたいと思うポイントが出てくるなんて、本当に源氏物語は偉大な作品だ。